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食品照射から被曝影響を考える ③食中毒、微生物と異臭 [放射能汚染]

朝鮮戦争休戦後、米軍はアイゼンハーワー大統領による "Atom for Peace"「核の平和利用」 の政策のもと、1953 年から照射食品の開発研究を開始。陸軍は、照射食品・兵糧が(1) 缶詰よりも優れた味と風味をもつこと、(2) 保存や輸送などの費用の削減につながること、(3) 冷凍設備なしで冷蔵設備もその必要性を低減する事を目標に掲げています。具体的には、朝鮮半島の前線にいる兵士に牛ステーキを補給する、ステーキ肉を冷凍設備なしで少ない冷蔵設備で安い経費で前線にとどける。この目標の(3)と(2)は殺菌・滅菌の効果と強く関連します。放射線照射を、殺菌・滅菌に利用する際に、照射線量と効果の関係や照射殺菌食品の微生物学的な安全性を確保する研究が行われました。

 1866年にフランスのルイ・パスツール Louis Pasteurとクロード・ベルナールが食品の栄養価や風味を落とさないで、腐敗菌、食中毒菌の大部分を殺菌・滅菌する100℃以下の加熱殺菌技術を開発しました。パスチャライゼーション(Pasteurization)といいます。この原理自体は日本では酒の火入れとしてありましたが、それを加熱温度と時間、菌数の減少と関連させて定式化しました。杜氏が酒の表面に「の」の字がやっと書ける熱さといった職人の技能から、誰もが学び習得でき温度計などがあれば実行可能な技術にしました。日本では、牛乳での、特に牛と人の共通感染症の牛結核菌を死滅し牛乳の栄養価や風味を落とさない、パスチャライズ牛乳で名が知れています。

 放射線により、微生物を殺滅させ得ることは、レントゲンがX線を発見した1895年直後から知られていました。1921年には、食肉中に潜む寄生虫を殺滅するためにエックス線を使う特許がとられています。当時は、放射線源や発生装置が高価でした。非実用的なアイデアと見られていました。核兵器開発によって放射線源となるコバルト-60やセシウム-137などの放射性同位元素が容易に入手出来たり、高出力電子加速器など発生装置が安価になりました。"Atom for Peace"「核の平和利用」政策には、核兵器開発・生産が一段落ついて、それに携わっていた産業の不況救済という側面があります。それに合致した市場開発・創出でもあります。また、この頃から水爆実験が大気圏内で盛んに行われました。放射能が大量に大気中に漂い降下しました。その悪いイメージを覆う”イチジクの葉”でもあります。

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1954年3月の水爆実験で放射能を浴びた第五福竜丸

温度上昇が少ない

 食品照射は、食品の加温が非常に少ない、1kgに1000Gy(グレイ)の照射で0.24℃位しか加温されないという特徴があります。つまり、熱による変質が少ない。その線量と殺菌効果を、菌数が10分の一になる値D値でまとめたのが下の表です。半数致死線量(60日以内に50%死亡)はヒトでは4Gy(グレイ)、ラットは8Gy位ですから、単細胞の細菌たちはキロ(千)Gy単位です。

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参照・・http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/002041000001.html

放射線の殺菌作用
この殺菌作用は、放射線(高エネルギーのγ線、β線)による水分解で生成する活性酸素や放射線それ自体によるDNA損傷によると考えられました。「標的はDNAである。普通の起きるのはDNAの塩基損傷と一本鎖切断であるが、この場合は健全な-本を元に修復することは可能であろう。しかし二本鎖が同時に切断された場合は一般的に修復困難で、どんな生物でも一発で死んでしまうように思える。生物間で塩基配列などに多少差違はあっても塩基の構造は変わらず放射線化学的には同一線量では同一損傷ということになり、損傷数は生物間であまり差が無く抵抗性には大差は無いものと考えられていました。
 その後我々は色々な食品の放射線殺菌の実験をして、各種微生物の殺菌効果を調べている中に、酸素や水など環境条件とは別に、菌によって感受性が違うことが分かりましたが、桁違いというものは見られませんでした。(並木満夫)」参照・・http://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~food/Dr.Namiki%20Review.pdf

死亡率約 20%の ボツリヌス菌 (Cl.botulinum)
 表を見ると、猛烈な毒素を算出するボツリヌス菌(Cl.botulinum)が照射に強い放射線感受性が低いことが判ります。ボツリヌス菌はどこの土壌中にもいる嫌気性の菌です。酸素がない缶詰、ビン詰などの状態で繁殖する菌なのです。欧米では古くから「腸詰め中毒」として恐れられています。死亡率は約 20% と言われてます。
 このボツリヌス菌を完全に殺す滅菌するなら50KGyの照射になります。滅菌にはD値の12倍量で4.0×12で48Gyです。この線量を照射すると、肉など食品の脂肪分やタンパク質が分解し、照射臭またはケモノ臭とも呼ばれる食欲を減退させる臭いが猛烈に発生します。

「照射臭が発生しやすいのは牛乳と卵であり、室温下での照射では1kGyでも明確に認められる。牛肉、豚肉、鶏肉、ソーセージ、生鮮魚介類などでは室温・空気共存下で2~3kGy照射すると照射臭が認められはじめ、5kGy以上で明確に認められる。一方、真空包装や抗酸化剤共存下など酸素の少ない条件下で照射すると照射臭の発生は抑制され、5kGyでも照射臭はほとんど感知できない。」http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/020230.html

米航空宇宙局NASAは、1972年に宇宙飛行士向け食品に照射を認めていますが、その後、宇宙飛行士が照射臭によって食欲を落とすという理由から、ほとんどの食品について食品照射を取り止めて、メニューの数が少なくなっています。

放射線パスチャライゼーション 

 それでパスチャライズ牛乳のように、食品の栄養価や風味を落とさないで、腐敗菌、食中毒菌の大部分を殺菌・滅菌ように照射することが試されました。食中毒菌の指標には、サルモネラ菌(S.typhimurium)が使われています。滅菌にはD値の12倍量ですから0.7×12で8.4Gyの線量を照射すれば滅菌できます。10KGy程度の照射で食中毒菌の大部分を殺菌・滅菌できます。放射線パスチャライゼーション、電磁的パステリゼーションelectric pasteurization ということもあります。
参照・・照射食品の微生物学
http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/001005000006.html

放射線パスチャライゼーションでは、ボツリヌス菌は10分の一以下に減りますが、全滅はしません。ほとんどすべての照射食品は不浸透性の容器または包装剤に封じ込まれているので、ボツリヌス菌が活動できる嫌気的状態になります。酸素がない缶詰、ビン詰などの状態で発生しているボツリヌス菌の繁殖は「ボツリヌス菌単独で食品を腐敗することはまれで、たいがい消費者に危険だとわからせるようなにおいを発生したり汚染したりする腐敗菌とともに生育するか、食品の嘔吐を起こさせるような腐敗菌と共生している。」それで、膨らんでいたり、開封して気づいて食べられずに捨てられる、吐き出される。

 放射線パスチャライゼーションではそうした腐敗菌は全滅しています。特に問題視されたのは蛋白非分解性の株です。蛋白分解性 A、B、F 型のボツリヌス菌は、増殖が進むと悪臭を出てきて包装が膨らみます。非蛋白分解性 B、E、F 型はそのような悪臭を発生しないので「消費者は容易にこれらの菌の汚染を見逃す」危険があるからです。

 人間に対する毒性は E 型がもっとも強く、冷蔵温度でも増殖し毒素を作ります。 一般に魚から検出されるボツリヌス菌は E型なので、魚で集中的に研究されています。米国原子力委員会AECによる研究では、1)異臭等腐敗の兆候が先か毒素の産生が先かは保存条件、魚の種類による。つまり、身がグズグズになっているなどでは消費者はわからない。2) 照射によって、かびが生えやすくなる。3)非照射より短時間でボツリヌス菌は照射魚体内に毒素を産生する高い可能性がある、4)照射、非照射に関わらず、魚介類の長期保存によって非特異的な毒性により、実験動物が死亡するケースが目立ったこと。

IAEA、WHOの勧告
IAEA の勧告では「他の殺菌手段例えば、加熱殺菌、置換ガス充填包装などと比べて、照射はボツリヌス菌の潜在的な危険性を増大する可能性がある。ボツリヌス E 型菌の危険を避けるための GMP (Good Manufacturing Practice) にしたがって加工したとしてもこの危険を避けることができないだろう。」

「照射後製品は必ず 3℃ 以下で無くてはならない。ボツリヌス菌が原料に存在すると、照射後も生残する可能性がある。照射した魚やエビを 3℃ 以上にするとボツリヌス菌の増殖と毒素の産生を招く可能性があるだろう。特に高線量照射したり、酸素不透過性の材料で包装した場合、このような 3℃ 以上での保存で菌の増殖と毒素産生の可能性が高くなる。」
 WHO も照射魚介類を保存するときは常時 3℃ 以下で行うように改めて勧告しています。

 つまり、流通の過程は簡素化されません。1998 年ころの EUの各業界調査では、漁業業者は現在の技術で十分に安全は確保されており、費用をかけて照射しても保存条件が従来と同じだから、消費者は新鮮な製品を求めているから要らない。

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放射線照射はよい衛生法の代用として使用されるべきではないが、、
 米国のNASA の宇宙食を作っていた食品照射業者への訪問記では「照射室や保存区域には冷蔵設備がなく、温度管理といえば断熱シートをかけるだけだと責任者は説明してくれた。工場は亜熱帯のフロリダの中央にあり、外気の暑さと崩壊熱とで、照射室は 40℃ 近かった。ついでに、照射前後の保管はどうするのかと質問したら、輸送の保冷車を待たせておくのだという。」
 こうした事が知れ渡り、米国最大手の業者は「不衛生な取り扱いや不潔な加工作業で食品を汚染したことを隠すための技術だと非難され、さらに照射肉は料理しても、判別できるくらい、照射牛肉は未照射に比べて味が落ちるので、従来通り冷蔵保存が必要なら照射する必要はないだろうと評価され」て33 ヶ月間全く利益なしで2004年に倒産しています。
 衛生管理がしっかりしている照射食品でも10℃ 前後の家庭用冷蔵庫で保存すると、ボツリヌス中毒の危険があるのです。

参照・・照射魚介類中のボツリヌス菌について
http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/001007000018.html

放射線照射の利用は、産業的には魅力がない 

 「多くの生鮮野菜は0.15kGy以下の発芽防止を目的とした照射処理では効果があるが、0.2~0.5kGyの殺虫を目的とした処理では褐変化したり腐敗しやすくなるものがある。
 生鮮果実も0.5kGy前後の殺虫を目的とした処理では品質が変化しないが、1kGy以上の殺菌を目的とした処理では品質低下をもたらすものがある。
 穀類も殺虫処理を目的とした放射線処理では有効であるが殺菌処理では粘度低下などの品質低下をもたらすものが多い。
肉類や食鳥肉類、魚介類も酸素共存下で照射すれば2kGy以上で異臭発生や味覚低下をもたらすものがある。
 しかし、脱酸素した肉類や食鳥肉類、魚介類、または乾燥香辛料や乾燥野菜などは2kGy以上でも品質低下を起こさないものが多い。」脱酸素状態で照射した肉類や鳥肉類、魚介類ではボツリヌス中毒の危険性がある。
参照・・食品の照射効果と衛生化
http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/006001003061.html

 牛レバーは、病原性大腸菌中毒を契機に照射殺菌が検討されています。大腸菌のD値は0.2kGyですから、滅菌目的なら2.5kGy程度の照射が予想されます。異臭発生や味覚低下を招く可能性が高いです。それを避けるため脱酸素状態で照射すると、ボツリヌス中毒の危険性がある。
 英国の委員会が「当調査会はどの有益な食品材料についても、放射線照射を利用することによって利益を見出すことができなかった。多くの研究によって考え出された放射線照射の利用は、産業的には魅力がない。」と50年前に結論しています。


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