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英国水道最大手が破綻秒読みに-02-2024/04 [日々の雑感]

英国の水道の歴史


 ジュリアス・シーザー(カエサル)は紀元前 55 年と紀元前 54 年の 2 回、英国ブリテン島・ブリタニアに侵攻した。紀元後AD43年、ローマ皇帝クラウディウスの時にローマ軍の遠征を受け征服され属州となった。

 当時は湧き水・川・井戸から水を汲み上げていた。ローマ帝国は統治のためロンディニウムLondinium(現ロンドン)など諸都市を建設し広範な道路網を構築した。多くは今日でも使用されている。上水道は貯水池・蛇口・金属の水道管・各家庭への温冷給水・手動式ポンプなどから構成される複雑な仕組みで作り上げた。

イギリスローマ人バストイレ.jpg

 内乱や西ヨーロッパに侵入するゲルマン諸部族の脅威により、ローマ帝国の支配は、ブリテン島のさまざまな地域で、さまざまな時期に、380年代から550年代にかけて終わってしまった。

 上水は昔の方法・湧き水・川・井戸に戻ったが、ローマ帝国が造った上水道の技術は、その後2000年にわたる水道の基礎となった。1800年頃、19世紀に入ると産業革命によって水の需要が増え、より効率的な上水の供給が必要となった。

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